家庭人学

原理原則を実践するからこそ、強くて健康で美しい家庭を所有する家庭人が、この世界に溢れて、あらゆる分野の責任者となっていく。それが世界平和への最短の道であることを確信しています。だからこそ、家庭人の為の人間学、『家庭人学』を今、発信しています。 ブログでは音声配信の台本であるツイッターをまとめています。

新しいぶどう酒は新しい革袋へ

戦後70年を迎え、安保法制に対する賛否の声が絶え間なく続いている。本質的議論が公にはほとんどなされない中、ただ若者が戦争に行くことになるなどの批判の声が連日SNSやマスメディアから発信されている。

私は専門家ではないので詳しい専門的知識に乏しいが、日本として、アジア・世界としてどこに向かって行きたいのかという「人類共通のビジョン・ゴール」が疎通し、共有されていないことだけは明らかである。そのような議論がもっとあってしかるべきなのに不思議なくらいこの本質的で当たり前の内容に触れようとしない、もしくは全くピントが合っていない者が少なくないのである。

だれも、真新しい布ぎれを、古い着物に縫いつけはしない。もしそうすれば、新しいつぎは古い着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなる。まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそうすれば、ぶどう酒は皮袋をはり裂き、そして、ぶどう酒も皮袋もむだになってしまう。〔だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである〕」。(マルコによる福音書2:21~)

 以前、固定観念について記事を書いた。

「私」は観念(思い込み)を真実だと信じる傾向がある。だから人間の価値観や考え方を変えることはもの凄く大変なのである。私が絶対的に正しいと信じているものが、実は思い込みであって本心が願わない思い込みである、といったこともあるわけである。

新しいぶどう酒とは新しい(真の)思想・価値観(考え方)であり、それを真に受け入れるためには私自身が新しい(真の)革袋にならねばならない。そのためには今の自分が偽りである(つまり変わらないといけない私である)という自覚が必要である。

 

 

 

 

 

 

 

信じる力

若いときには買ってでも訓練をたくさん受ける必要がある。10代、20代にどのような訓練を受けたかが、30代、40代になって確実に出てくる。天は私を愛している。この確信を所有しなければならない。しかしながら、そのような確信を所有することは容易ではない。「所有」とは「自分のものにする」という意味がある。私たちはすでに多くの観念(思い込み)を良くない意味で所有してしまっている。観念(思い込み)とはなにか? 言葉に想念(考え・思い・イメージ)が付着して、観念(思い込み)となる。ちなみに思い込みとは、固く心に決めることである。例えば、「平和」という言葉がある。昨今、安保法制論議が絶え間なく続いているが、これは「平和」に対する考え方が人によって違うことが1つの大きな問題である。平和とは戦争がない状態である。平和とは絆のある世界である…。 「私」は観念(思い込み)を真実だと信じる傾向がある。だから人間の価値観や考え方を変えることはもの凄く大変(^^; 絶対的に正しいと信じているものが、実は思い込みであったということもあるわけである。

 ではどうすれば固定観点を変えることができるのだろうか? 
 
①私を再創造(変えたい)という意欲
②自己の限界に挑戦する心
である。
「信じる力」と「素直さ」を持った人が一番成長する。