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新しいぶどう酒は新しい革袋へ

戦後70年を迎え、安保法制に対する賛否の声が絶え間なく続いている。本質的議論が公にはほとんどなされない中、ただ若者が戦争に行くことになるなどの批判の声が連日SNSやマスメディアから発信されている。

私は専門家ではないので詳しい専門的知識に乏しいが、日本として、アジア・世界としてどこに向かって行きたいのかという「人類共通のビジョン・ゴール」が疎通し、共有されていないことだけは明らかである。そのような議論がもっとあってしかるべきなのに不思議なくらいこの本質的で当たり前の内容に触れようとしない、もしくは全くピントが合っていない者が少なくないのである。

だれも、真新しい布ぎれを、古い着物に縫いつけはしない。もしそうすれば、新しいつぎは古い着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなる。まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそうすれば、ぶどう酒は皮袋をはり裂き、そして、ぶどう酒も皮袋もむだになってしまう。〔だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである〕」。(マルコによる福音書2:21~)

 以前、固定観念について記事を書いた。

「私」は観念(思い込み)を真実だと信じる傾向がある。だから人間の価値観や考え方を変えることはもの凄く大変なのである。私が絶対的に正しいと信じているものが、実は思い込みであって本心が願わない思い込みである、といったこともあるわけである。

新しいぶどう酒とは新しい(真の)思想・価値観(考え方)であり、それを真に受け入れるためには私自身が新しい(真の)革袋にならねばならない。そのためには今の自分が偽りである(つまり変わらないといけない私である)という自覚が必要である。